03-5822-7275
住所 / 〒101-0026 東京都千代田区神田佐久間河岸84 サンユウビル103
営業時間 / 9:00~17:00 定休日 / 土・日・祝
「死」と向き合う
僕は先日、都内のあるモスクにて、埋葬前の赤ちゃんの遺体のお清めを手伝った。
今回のコラムでは、21歳の大学生が「死」に直面して感じたことを、覚えている限り書けたらと思う。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
11月某日、僕は大学の活動で、都内のモスクに来ていた。
玄関の前に着いた時、モスクの管理者で、活動にも協力を頂いているパキスタン出身のA氏に、僕は電話をかけた。
「今、2階の礼拝室にいます。」
それを聞いた僕は、モスクの中に入ろうとした。その時だ。
黒いワゴン車がモスクの前に停まり、黒い服を身に纏った女性と、何か悲しげな顔をした男性が車から出てきた。
そして、女性がモスクの中を覗き込んで言った。
「Aさん、いらっしゃいますか?赤ちゃんの遺体が到着しました。」
その言葉を聞いた瞬間、
僕の世界は一時停止のボタンを押されたような気がした。
だがなぜか、自分の体は動いた。
僕は、礼拝室にいるA氏に伝えるため、階段を駆け上がった。
礼拝室には、A氏と何やら辛そうな面持ちをした男性がいた。
僕は「赤ちゃん」「遺体」「届いた」と耳に飛び込んできた単語を、そのままA氏に伝えた。
A氏はすぐに状況を理解して、1階へ向かった。
僕はその場をしばらく動けなかった。
しばらくすると、A氏は1階から毛布に包まれた「何か」を大切そうに抱き、階段を登ってきた。
2階に到着したA氏は、僕に行った。
「これから遺体を清めます。ハサンさん、手伝ってくれますか?」
そうか、最近赤ちゃんが亡くなって、これから*埋葬に行くんだ。その前のお清めをここのモスクで行うのか。
その時にやっと、僕は状況を理解した。
なんと返答したのかははっきり覚えてない。でも多分僕は、遺体を洗う現場を、恐れながらも見てみたいと思って「はい」と答えたのだろう。
僕は、礼拝室の横に用意されていた、僕の肩くらいの大きさの木の板を持ち、A氏と共に、普段礼拝の前にムスリムたちが*自らを清める場所に向かった。
お清めの場に着くと、僕は木の板を置き、その上にA氏は抱えていた毛布を置き、それを丁寧にといた。
二層になっている毛布の中には、身長が40cmほどの赤ちゃんの姿があった。
僕は遺体を見るのは初めてだった。僕は、小学校6年生の1月末に祖父が亡くなった際にも「中学受験中だから」という理由をつけて、火葬場には行かなかった人間である。
赤ちゃんは、毛糸の帽子を被り、かわいい黄色い服を着て、おむつもしていた。
A氏は赤ちゃんの着ていた服をとり、僕に手渡した。
僕はそれらをそっと、毛布と一緒にお清めの場の外に置いておいた。
少しすると、公園の砂場で遊ぶ時に使われるような小さなバケツと、赤ちゃんよりちょっと大きいサイズに切られた3枚の真っ白な布などが運ばれてきた。
「シャワーのお水が温かくなったら、このバケツに水を入れてもらえますか?」
「バケツに、この薬を入れておいてもらえますか?」
何もわからない僕は、A氏に指示される通りに行動していた。
僕は赤ちゃんの遺体にお湯をそっとかけていた。
赤ちゃんの顔を見ると、今にも元気に声を上げそうだった。
なんでこの年で命を落としてしまったんだろう。この子にはどんな将来が待っていたのだろう。親御さんたちは、どのように感じてるんだろう。もしも自分が親だったら・・・。
僕の頭の中は、渋谷のスクランブル交差点のように、色々な思いが行き交っていた。
赤ちゃんの背中を清めてから、再度、赤ちゃんと対面し、ムスリムが礼拝をする時に地面と接する、おでこ、両手両足両膝に、何か特別なものを付けた。
そして一通りのお清めの儀式が終わり、A氏は3枚の白い布を取り出し、一枚ずつ、赤ちゃんを優しく包んでいった。
そして僕は、白い布に包まれた赤ちゃんを礼拝室に運び、ミフラーブ(メッカの方角に設置された窪み)の横に置いた。
すぐに、日中の礼拝の時間になった。段々と人が集まってくる。
そして礼拝が始まろうとした時に、A氏が前に出てきて、こういった。
「今日はズフル(日中の礼拝)の後、ブラザーBさんのお子さんが亡くなったため、お祈りを捧げます。」
僕も日本でお葬式に参列する機会はあった。だが、全く知らない人の葬儀には行ったことがなかった。
イスラームでは、「人類は預言者アダムを先祖にもつ、大きな家族だ」という考え方がある。A氏の言葉にあるように、ムスリム同士で「兄弟」「姉妹」と呼び合うことも多い。
そうか、家族の1人が亡くなったのだ。それまでに知っていたかは、関係ない。
自分と同じ空間にいる家族のために祈りを捧げる。至極当然のことだ、とその時思った。
義務の礼拝をし、そして亡くなった赤ちゃんへの祈りも礼拝室にいたみんなで捧げた。
礼拝後、再度A氏は前に出てきて言った。
「イスラームでは、人間は罪のない状態で生まれてきます。この子も、すぐにジャンナ(天国)に入ることができるでしょう。」
罪のない状態で生まれる人間。その成長の過程で色々な人や物事に出遇い、そこから学び、行動を起こす。人の言動は、その人の育つ環境に左右される。
僕たちは常日頃起こる出来事から、様々なことを学んでいるのだ、とA氏の言葉を聞いて思った。
その後、白い布に包まれた遺体を1階に運び、車に乗せた。車が墓地に向かう前に、A氏とB氏家族はモスクの前で話していた。するとA氏は僕に一枚の封筒を手渡した。A氏は言った。
「Bさんの家族から、イスラミックスクール運営のための寄付を頂きました。モスクの中に運んでください。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中に稲妻のようなものが走った。
なぜB氏家族は、自分の息子さんが生後間も無く亡くなっていて辛い状態であるのにも、子どもたちの教育のことを考えられるんだろう。自分がもし、大切な人を失った時、同じような行動を取れるのか?いや、僕もB氏家族のように優しく強い心の持ち主になるんだ、とその時に誓った。
その後、遺体を乗せた車は茨城にある霊園に向けて出発した。
そして、A氏と僕は遺体を清めた場所に戻った
すると、A氏の元に電話がかかってきた。
色々と話してからA氏は電話を切ると、僕に言った。
「最近赤ちゃんが産まれたお母さんからの電話で、生後のイスラームでの儀式についての相談です。」
インナリッラーヒ・ワインナイライヒ・ラージウオーン
(本当に私たちは神のもの、あなたの御許に帰り行くものなり)
これは、ムスリムが苦難に向き合った時、大事な人や物を失った時、死期に近づいた時に言う言葉であり、イスラームの啓典「クルアーン(コーラン)」の一部である。
私たちは、神様の意思によって生を与えられ、そして死後には神様の許に帰る。
今自分は、21年と半年、ムスリムになってからは1年半、この世界に生きている。
なぜ神様は、僕をこの世界に生かし続けているのか。僕を生かすことで、僕に何を問うているのだろう。
そんなことを心に留めて、これからも生きていこう。
アッサラーム・アレイクム(皆様の上に平安がありますように)
イスラームと埋葬:モスクでは、冠婚葬祭などの人生の大きな行事が執り行われる。イスラームでの埋葬方法は、遺体を燃すのではなく、土に埋める土葬が行われる。土葬前には遺体を清める。
*イスラームでは礼拝前にウドゥ(手や口、足などを清めること)をする。
26/01/06
25/12/03
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僕は先日、都内のあるモスクにて、埋葬前の赤ちゃんの遺体のお清めを手伝った。
今回のコラムでは、21歳の大学生が「死」に直面して感じたことを、覚えている限り書けたらと思う。
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11月某日、僕は大学の活動で、都内のモスクに来ていた。
玄関の前に着いた時、モスクの管理者で、活動にも協力を頂いているパキスタン出身のA氏に、僕は電話をかけた。
「今、2階の礼拝室にいます。」
それを聞いた僕は、モスクの中に入ろうとした。その時だ。
黒いワゴン車がモスクの前に停まり、黒い服を身に纏った女性と、何か悲しげな顔をした男性が車から出てきた。
そして、女性がモスクの中を覗き込んで言った。
「Aさん、いらっしゃいますか?赤ちゃんの遺体が到着しました。」
その言葉を聞いた瞬間、
僕の世界は一時停止のボタンを押されたような気がした。
だがなぜか、自分の体は動いた。
僕は、礼拝室にいるA氏に伝えるため、階段を駆け上がった。
礼拝室には、A氏と何やら辛そうな面持ちをした男性がいた。
僕は「赤ちゃん」「遺体」「届いた」と耳に飛び込んできた単語を、そのままA氏に伝えた。
A氏はすぐに状況を理解して、1階へ向かった。
僕はその場をしばらく動けなかった。
しばらくすると、A氏は1階から毛布に包まれた「何か」を大切そうに抱き、階段を登ってきた。
2階に到着したA氏は、僕に行った。
「これから遺体を清めます。ハサンさん、手伝ってくれますか?」
そうか、最近赤ちゃんが亡くなって、これから*埋葬に行くんだ。その前のお清めをここのモスクで行うのか。
その時にやっと、僕は状況を理解した。
なんと返答したのかははっきり覚えてない。でも多分僕は、遺体を洗う現場を、恐れながらも見てみたいと思って「はい」と答えたのだろう。
僕は、礼拝室の横に用意されていた、僕の肩くらいの大きさの木の板を持ち、A氏と共に、普段礼拝の前にムスリムたちが*自らを清める場所に向かった。
お清めの場に着くと、僕は木の板を置き、その上にA氏は抱えていた毛布を置き、それを丁寧にといた。
二層になっている毛布の中には、身長が40cmほどの赤ちゃんの姿があった。
僕は遺体を見るのは初めてだった。僕は、小学校6年生の1月末に祖父が亡くなった際にも「中学受験中だから」という理由をつけて、火葬場には行かなかった人間である。
赤ちゃんは、毛糸の帽子を被り、かわいい黄色い服を着て、おむつもしていた。
A氏は赤ちゃんの着ていた服をとり、僕に手渡した。
僕はそれらをそっと、毛布と一緒にお清めの場の外に置いておいた。
少しすると、公園の砂場で遊ぶ時に使われるような小さなバケツと、赤ちゃんよりちょっと大きいサイズに切られた3枚の真っ白な布などが運ばれてきた。
「シャワーのお水が温かくなったら、このバケツに水を入れてもらえますか?」
「バケツに、この薬を入れておいてもらえますか?」
何もわからない僕は、A氏に指示される通りに行動していた。
僕は赤ちゃんの遺体にお湯をそっとかけていた。
赤ちゃんの顔を見ると、今にも元気に声を上げそうだった。
なんでこの年で命を落としてしまったんだろう。この子にはどんな将来が待っていたのだろう。親御さんたちは、どのように感じてるんだろう。もしも自分が親だったら・・・。
僕の頭の中は、渋谷のスクランブル交差点のように、色々な思いが行き交っていた。
赤ちゃんの背中を清めてから、再度、赤ちゃんと対面し、ムスリムが礼拝をする時に地面と接する、おでこ、両手両足両膝に、何か特別なものを付けた。
そして一通りのお清めの儀式が終わり、A氏は3枚の白い布を取り出し、一枚ずつ、赤ちゃんを優しく包んでいった。
そして僕は、白い布に包まれた赤ちゃんを礼拝室に運び、ミフラーブ(メッカの方角に設置された窪み)の横に置いた。
すぐに、日中の礼拝の時間になった。段々と人が集まってくる。
そして礼拝が始まろうとした時に、A氏が前に出てきて、こういった。
「今日はズフル(日中の礼拝)の後、ブラザーBさんのお子さんが亡くなったため、お祈りを捧げます。」
僕も日本でお葬式に参列する機会はあった。だが、全く知らない人の葬儀には行ったことがなかった。
イスラームでは、「人類は預言者アダムを先祖にもつ、大きな家族だ」という考え方がある。A氏の言葉にあるように、ムスリム同士で「兄弟」「姉妹」と呼び合うことも多い。
そうか、家族の1人が亡くなったのだ。それまでに知っていたかは、関係ない。
自分と同じ空間にいる家族のために祈りを捧げる。至極当然のことだ、とその時思った。
義務の礼拝をし、そして亡くなった赤ちゃんへの祈りも礼拝室にいたみんなで捧げた。
礼拝後、再度A氏は前に出てきて言った。
「イスラームでは、人間は罪のない状態で生まれてきます。この子も、すぐにジャンナ(天国)に入ることができるでしょう。」
罪のない状態で生まれる人間。その成長の過程で色々な人や物事に出遇い、そこから学び、行動を起こす。人の言動は、その人の育つ環境に左右される。
僕たちは常日頃起こる出来事から、様々なことを学んでいるのだ、とA氏の言葉を聞いて思った。
その後、白い布に包まれた遺体を1階に運び、車に乗せた。車が墓地に向かう前に、A氏とB氏家族はモスクの前で話していた。するとA氏は僕に一枚の封筒を手渡した。A氏は言った。
「Bさんの家族から、イスラミックスクール運営のための寄付を頂きました。モスクの中に運んでください。」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中に稲妻のようなものが走った。
なぜB氏家族は、自分の息子さんが生後間も無く亡くなっていて辛い状態であるのにも、子どもたちの教育のことを考えられるんだろう。自分がもし、大切な人を失った時、同じような行動を取れるのか?いや、僕もB氏家族のように優しく強い心の持ち主になるんだ、とその時に誓った。
その後、遺体を乗せた車は茨城にある霊園に向けて出発した。
そして、A氏と僕は遺体を清めた場所に戻った
すると、A氏の元に電話がかかってきた。
色々と話してからA氏は電話を切ると、僕に言った。
「最近赤ちゃんが産まれたお母さんからの電話で、生後のイスラームでの儀式についての相談です。」
インナリッラーヒ・ワインナイライヒ・ラージウオーン
(本当に私たちは神のもの、あなたの御許に帰り行くものなり)
これは、ムスリムが苦難に向き合った時、大事な人や物を失った時、死期に近づいた時に言う言葉であり、イスラームの啓典「クルアーン(コーラン)」の一部である。
私たちは、神様の意思によって生を与えられ、そして死後には神様の許に帰る。
今自分は、21年と半年、ムスリムになってからは1年半、この世界に生きている。
なぜ神様は、僕をこの世界に生かし続けているのか。僕を生かすことで、僕に何を問うているのだろう。
そんなことを心に留めて、これからも生きていこう。
アッサラーム・アレイクム(皆様の上に平安がありますように)
イスラームと埋葬:モスクでは、冠婚葬祭などの人生の大きな行事が執り行われる。イスラームでの埋葬方法は、遺体を燃すのではなく、土に埋める土葬が行われる。土葬前には遺体を清める。
*イスラームでは礼拝前にウドゥ(手や口、足などを清めること)をする。
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